背番号10、それはサッカーにおいてエースナンバーとして扱われることが多い番号です。そんな背番号10は2022のJリーグ全58クラブ中56クラブが使用していて、背番号14と並んで最も使用率の高い背番号である、ということを以下の記事で紹介しました。
背番号はクラブにとって重要な背番号であることが多いため、適任者がいない場合は空き番号にすることも多いため、この高い使用率は意外でした。
そこで今年の各クラブの新旧背番号10を眺めるために一覧表を作ってみたのでこの記事に載せ、何人か選手をピックアップして紹介したいと思います。
2021→2022シーズン 背番号10一覧表
年齢:2022年12月31日時点での年齢。
10番歴:そのクラブで背番号10を付けた年数の合計。移籍して戻ってきた場合を含むため連続年数ではない。(山田大記と梁勇基と庄司悦大がそのパターン) 別のクラブでも10番を着けたことのある場合は備考に記入。
クラブ歴:そのクラブに所属した通算年数。特別指定選手だったシーズンを除く。
2022シーズンの新背番号10は、J1で6名、J2で9名、J3で9名の合計24名でした。つまり今シーズンの10番56名のうち42.9%が新背番号10ということになります。
ピックアップ選手
15年連続10番 城後 寿
国見高校から2005年にアビスパ福岡に加入した城後寿は2008年から背番号10を背負い、それから福岡一筋で10番15年目になりました。
J1では通算101試合17ゴール、J2では通算371試合66ゴールという活躍をしています。
現在36歳になった城後は昨シーズンから出場機会が減っていますが、それでも今年も福岡の10番を背負います。
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仙台復帰で10番歴15年に 梁 勇基
城後と並んで背番号10歴15年目になるのがベガルタ仙台の梁勇基です。梁は2020年と2021年はサガン鳥栖(背番号50)に所属していましたが、2022シーズンから仙台に復帰し、本人の退団以来2年間空き番号だった背番号10を再び背負うことになりました。初めて背番号10を付けたのは大卒プロ3年目の2006年にことです。
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八戸一筋10番14年 新井山 祥智
ヴァンラーレ八戸の10番・新井山祥智は、クラブが東北社会人サッカーリーグ2部北リーグに所属していた2009年から背番号10を背負い続けて今シーズンで14年目になります。このカテゴリで10年以上ずっと同じクラブに所属しているというだけでも珍しいのに、その上で大卒2年目からずっと背番号10でクラブの象徴になっているのは素晴らしいと思いました。
2013年の天皇杯、マリノスVSヴァンラーレの試合でも10番キャプテンとして出場していたようです。
DF10番 宮澤 裕樹
北海道コンサドーレ札幌の宮澤裕樹は、高卒プロ3年目の2010シーズンから背番号10を背負って今シーズンで13年目の札幌のバンディエラです。
背番号10というと攻撃的な選手が多いですが、宮澤は元々は攻撃的なポジションだったようですが近年ではボランチや3バックの中央(リベロ)でプレイすることが多く、以下の試合のように「DF 10番 宮澤裕樹」としてメンバー登録されていることも多い選手です。
【公式】札幌vs横浜FMの試合結果・データ(明治安田生命J1リーグ:2022年3月12日):Jリーグ.jp
J2で10番歴5年以上はレア 富所 悠
4年前J3時代の琉球でセットプレーからゴールを量産していたイメージも強い富所悠は、2015年からFC琉球の10番を背負って8年目になります。
J2・J3の背番号10は、個人昇格を含めて移籍の多いカテゴリである都合上、背番号10歴が5年を超えてくる選手はなかなかいませんね。
イニエスタルール活用者 池上 丈二
先ほどの富所の項目で「J2で10番歴5年以上は珍しい」と述べましたが、そのボーダーライン上に微妙に立っている10番歴4.5年の選手がいます。それがレノファ山口FCの池上丈二です。
2018年5月30日、Jリーグはユニフォーム要項の改定を行いました。
ユニフォーム要綱第6条(1)には「選手番号は事前にJリーグに登録しなければならず、シーズン途中の変更は認めないものとする。ただし、2種トップ可、特別指定選手制度により出場が認められた場合、この限りではない」という一文があったのですが、これが一文丸ごと削除されたことによりシーズン途中での背番号変更が可能になりました。
これはイニエスタがヴィッセル神戸に加入する際、イニエスタが着けたい背番号8を着けていた三田啓貴の背番号を変更させるために行った改正で、池上丈二はこれを活用して背番号10になりました。
ちなみにシーズン途中の背番号変更は、
神戸 三田啓貴 8番→7番 (イニエスタに8番を譲るため)
鳥栖 趙東建 9番→19番 (フェルナンド・トーレスに9番を譲るため)
山口 池上丈二 15番→10番
の2018年の3例ですかね。そもそも2019年以降はまたユニフォーム要綱第6条(1)の文章が復活し、シーズン途中の背番号変更はできなくなっているようですね。池上の背番号変更は自発的に背番号を変えた唯一の例となりました。
4クラブで10番 庄司 悦大
FC岐阜の庄司悦大は、4つのJクラブで10番を背負ったことのある稀有な選手です。プロ入り後各シーズンの所属クラブと背番号を以下の表にまとめました。
FC町田ゼルビアで2年、レノファ山口FCで1年、FC岐阜で1年、京都で3年10番を背負った過去を持ちます。今シーズンは岐阜に復帰し岐阜での2年目、累計8シーズン目の背番号10を背負うシーズンとなります。
ちなみに「新たに10番を背負った翌年に移籍」というサポーターに嫌われがちな移籍の仕方を山口と岐阜で2年連続2回やってます。岐阜から仙台への移籍は個人昇格なので仕方ない所もありますがね。
また、2度目の岐阜加入ですが、そのどちらも「前シーズンに他クラブで10番を背負っていた選手が岐阜の10番」という状況になっています。
Jリーグが固定番号制になって以降、4クラブで10番を背負った選手は庄司以外にいるのですかね?3クラブだと中村俊輔(横浜FM→磐田→横浜FC)とウェズレイ(名古屋→広島→大分)が思い浮かびますけど。
山田とマテウス
今シーズンの背番号10の選手を眺めていたとき、同じ名前が被っていることに気が付きました。
山田直輝(湘南)
山田大記(磐田)
山田康太(山形)
と、名字が山田の10番が3人いました。さらに、
マテウス サヴィオ(柏)
マテウス カストロ(名古屋)
マテウス レイリア(富山)
と、登録名にマテウスが入る10番も3人いました。このマテウスたちは3人とも今シーズンの新10番という共通点があるのも面白いです。こうして並べてみると、マテウスカストロは今シーズンから登録名をマテウス単体から伸ばして正解でしたね。*1
年齢別集計表
2022シーズンの背番号10番56名を年齢で分け、棒グラフに表してみました。
最多の年齢は25歳の9名でした。
最年少は鹿島の荒木遼太郎で20歳(早生まれのプロ3年目)でした。*2
最年長は仙台の梁勇基で40歳でした。
昨シーズンの10番はどこへ?
今シーズンと昨シーズンの背番号10が違うクラブに関して、昨シーズンの10番の現在の所属と背番号を調べてみました。
このうち、今シーズン別クラブで10番を背負っている選手は京都から岐阜に移籍した庄司悦大の1名でした。
また、10番を他の選手に譲りそのクラブに残留した選手は横浜FCの中村俊輔(今季25番)の1名でした。このパターンはかなりレアだと思います。山瀬功治に10番を譲った遠藤彰浩、フォルランに10番を譲った楠神順平、清武弘嗣に10番を譲った山口蛍くらいしか例が思い浮かびません。
10番選手の個人昇格は、大宮→磐田の黒川淳史、福島→栃木のトカチの2名でした。ちなみに栃木はトカチに加えて金沢から加入の瀬沼優司と、昨シーズンに他クラブで10番を付けていた選手を2人獲得しています。
また、昨シーズン10番を背負った選手のうち、海外移籍は1名、JFL移籍は1名、引退は2名いました。
以上です。この記事では主に背番号10歴の長い選手を扱ってきましたが、新たに10番を付けた期待の選手もいますし、何はともあれ今シーズンのJリーグから目が離せませんね。
J1に関しては、2018年の大島僚太(川崎)を最後に3年間選出されていなかった背番号10でベストイレブンに選ばれる選手はいるでしょうか。また、背番号10でMVP選手になると2011年のレアンドロ ドミンゲス(柏)にまで遡るので、11年ぶりのMVP10番にも期待がかかります。
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